自分語り その3

その3

congerdesign / Pixabay

資格試験取得に向けて9年目ぐらいの時には

苦しさもピークになり、行き詰まりも感じていたので救いを求めて

スピリチュアル巡りが、いっそう強くなっていたような気がします。

初期の頃は、選択が間違っていなかったか、資格の仕事が自分に合っているか

適職や天職ばかりを聞いてまわり、自分の都合がいいところしか聞かなかったり

自分にいいことを言ってくれるお店ばかりを探していました。

しかし、資格に対してなにか違うなと思ってきてからは

諦める理由を探していたのもあるかもしれませんが

今までスルーしていたことが腑に落ちるというか、聞く耳が出てきたというか

納得できるようになってきていました。

あるところで言われたのが今でも印象に残っています。

 法律系の仕事は法の解釈、当てはめであり

 あやふやな状況でも言い切らなければならないことはある。

 そして、現実はいくら悲痛でも法が追いついていなかったり

 悪でも適用にうまく合わせた方が強いこともある。

 ある種、法は無慈悲であり、現状はどうであれぶった切るところがある。

(ここからは興味ない方は飛ばしてください。)

 私の魂は勝ち負け、優劣から離れて平和で、お互いに認め合う世界を望んでいるので

 法律といった論理脳的な世界とは対極である。

 だから、苦しいし合わないでしょうと・・・。

それまでも占星術、誕生数からリーディング、チャネリングといろいろ巡ってきて

適正ありと適正なしとが出ていたのですが

その頃はなんでもいいから動き始めたかったので適正なしは無視していました。

しかし、今でははっきり解りました。

試験でも本当に惜しい時もあったのですが

法律系の仕事に就くことは、自分の中にはなくて必要のないものだから

取ることが出来ないようになっていた気がします。

一番は実力がなかったのかもしれませんが ”(-“”-)”

 それに、やはり法律を選んだのが見栄だったり、褒められたかったりと、自我が強過ぎて

 人の役に立ちたいとか、人を喜ばしたいという公とのバランスが悪すぎるとのことでした。

 本来、働くとは「はたを楽にする」というように他への貢献だったりするのに

 認められたいとか自分が喜びたいとか、自分が強すぎるので

 自他のバランスを整え、仕事への認識を改めないと同じ事を繰り返すそうです。

 さらに、仕事に対して精神だったり、使命感とかいう思いが強すぎるとのことです。

 それは、例えば聖地奪還を目指す十字軍遠征のように切迫にもにた感じだと。

 前世が影響しているかもと仰っていました。

認めてほしいというのは、インナーチャイルドを癒してもらった

今でもまだ少し残っています。

自己肯定感の低さからくるものかもしれないですね。

自分を受け入れられていないのかもしれません。

それならば、まずは、良い悪いの判断をせずに自分は自分だと受け入れ

慈しんだ後に周りと調和、尊重したらいいのではと思うようになりました。

自分を度外視して周りがまず大事ですと、苦しいし、続かないし

犠牲にしかならないような気がします。

自分を癒して大事にしてから周りを大事にしていきたいと思います。

自分だけでもなく、他人だけでもなくバランスとっていきたいと思います。

その後に受けたワークショップやセミナー、ヒーリング等によって

だいぶ思い込みや、囚われ、心のブロック等余計なものが外れて

奥底にある自分の思いや、気持ちや悦びといった素の自分が出てきたような気がします。

そして、少しづつ自分が分かってきたような気がして、だいぶ生きるのが楽になったと思います。

その時に言われた、私が解放向かっている

または、解放・開放?のセミナーかワークショップを開くようになるかもという言葉から

そこから、私のテーマは解放になりました。

余計なものが外れて、知らずに知らずに御自分を縛りつけていたものから自由になり

本当の望みにふれて悦びに包まれて、頂きたいとの思いから

自分が体験したことの思いから、おこがましいながらも

皆様の解放に少しでもお役に立てたらと思い、嫁と二人立ち上げました。

どうぞ、宜しくお願い致します。 m(__)m

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