はじめまして。じざいにうんに乗るの、じうんと申します。
おっさんの自分語りにお越しいただきまして
ありがとうございます。
余計なものを外して、知らずに知らずに御自分を縛りつけていたものから解放され
本当の望みにふれて悦びに包まれ
御自分の素の良さに気づき、活かし、周りと比べず他を尊重し
そして、まず御自分を大事にした上で他を大事にし調和する。
皆が自分の得意を持ち寄って助け合いながら、優劣から離れて共に生きる。
要は、自分の上手い扱い方を知って悦んでいきましょうね
というようなことを言いたいがために、これから延々と自分を語りますが
どうぞ、ご容赦ください。
さあ、開宴です (^^♪
私はなぜか人の役に立ちたいと思いながらも
人が苦手と矛盾した気持ちを持て余していました。
表面的な人付き合いは出来ても、周りの顔色ばかりうかがって
生きづらさも感じていました。
仕事もいろいろ変わってしまい、準社会不適合者のような有様です 😭
幼少での出来事も、些細ながら影響しているかなと思います。
それは私が6~7歳の頃、ぐずった私は父に湯飲みを投げられ
(当たらないように投げてくれたのですが)
それ以来、父や父と同じように気分に波がある人が怖くなってしまい
人に対してあまり心を開けなくなったような気がします。
そして、話し合いやお互いの気持ちを伝え合うという選択肢は
私の中にはほとんど無く、揉める原因にしか思えませんでした。
家族内で問題があるとそれを補うために役割を演じたりする
というのを聞いたことがあります。
私は、まさに「マスコット」を演じました。
マスコットとは
なんとかして補おうとするための家族の『役割』です。
・・・中略・・・
「マスコット」は家族を楽しませようとし、家族からいつも愛されている存在です。
ところがマスコット本人は、ありのままの自分が愛されると感じることが
ほとんどありません。自分が愛されるのは『役割』として家族を
楽しませ続けているからだと感じています。
(Dr.チャックスぺザーノのセルフ・セラピー・カード
チャックスぺザーノ博士著より引用)
父が怖くて父の怒りに触れないように毎日演じていたと思います。
元々は人を楽しませるのが好きだったような気がしますが
そのうち素なのか、演じているのか、無理しているのか分からなくなってしまい
暗い気持ちや暗い話を異常に怖がって、遠ざけていたような気がします。
また一方で、幼少の頃はほとんど何もしなくても勉強が出来たので
自分は天才なんだと勘違いしていました。
それが、工業高等専門学校の受験に失敗したことで
現実を受け入れられないのと、挫折感の裏返しで
本当の自分はやればできる、その気になればいつでも出来るという
思いだけが常にありました。